大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和45年(行コ)4号 判決

控訴人 鄭文宗

被控訴人 札幌法務局登記官

訴訟代理人 宍倉敏雄 外一名

主文

原判決を取り消す。

控訴人からなされた札幌法務局昭和四五年四月二一日受付第二七五七一号による所有権移転登記申請に対し、被控訴人が同月二二日付でした、右申請を却下する旨の処分はこれを取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴人訴訟代理人において左のとおり付加陳述したほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  一般的には遺産分割の協議をする場合、子と親権者との利益が相反するが、本件では、相続人が控訴人とその母大山マサ子こと金正守との二人であり、相続財産全部を控訴人に帰属させることの協議がととのつたのであるから、それに至るまでの経過はとに角、最終的に控訴人と右正守との間の利益が相反することはなかつたから、特別代理人選任手続は不要である。

二  登記官の形式的審査権限は、単に書面の存在の有無に対する審査のみでなく、それらの書面に記載された文章、表現が登記を申請する要件を備えているかどうかについても及ぶべきものである。本件は申請書、付属書類から一見して子と親権者との間の利益相反行為にあたらないこと明白であるから、特別代理人の選任は不要である。

三  仮に本件につき特別代理人の選任を要するとしても、遺産分割協議の結論が利益相反行為にあたらないから、家庭裁判所は実質につき審理判断して、これが選任申請を棄却するかもしれないし、もし当初は利益が相反するかどうか分らないとして家庭裁判所が特別代理人を選任したとしても本件遺産分割は結局利益相反行為にあたらないのであつて、特別代理人の参加なしに分割協議をすることができるのであるから、結論として特別代理人の選任決定なる書面の提出の必要はない。

理由

一  請求の原因1ないし3の事業は当事者間に争がない。

二  本件の争点は、共同相続人が、死亡した被相続人の妻と未成年の子一人とであるとき、その遺産の分割の協議で子が遺産全部を取得し、妻(子の親権者母)は何物も取得しないことと合意した場合、右未成年の子がその取得した遺産(不動産)につき相続による所有権移転登記申請をするに際しては、右遺産分割の協議につき子のための特別代理人が選任されたことを証する書面の添付を要するかどうかにあるので、この点につき判断する。

1  外国人がわが国に所在する不動産についてする相続登記手続は、法例第一〇条により、わが不動産登記法に従うものである。しかして、不動産登記法第四一条は、相続登記申請書の添付書面として、相続を証するに足るべき書面を掲げているところ、共同相続人が遺産分割の協議により相続不動産を取得することになつた場合にはその遺産分割の協議に関する書面が、右の、相続を証するに足るべき書面の一つとなると解される。

2  ところで、本件の場合、控訴人とその親権者母との間の法律関係について適用される韓国民法第九二一条は、わが民法八二六条と同じように、親権者とその親権に服する子の間の相反する行為については、親権者は、法院に、特別代理人の選任を請求しなければならないと定めている。しかし、同法条の趣旨は、右両者の間に利害関係の対立がある場合に、子の利益を保護することを目的としていると解される。従つて、一般的には親権老と子との間の利益が相反する行為であつても、当該行為により、親権者の不利益によつて子が利益を得るだけで、その利益を害されることがない場合には、何ら親権を制限すべき理由はないから、該行為は利益相反行為とはならないと解するのが相当である。

3  いうまでもなく、遺産分割の協議は、遺産を現実に、具体的に共同相続人の間に分属させる合意であるから、その性質上、一般的には相続人間の利害が対立する行為である。けだし、その分割協議により一方の得る利益が多ければ多いほど、それだけ他方の利益が害される関係にあるからである。しかし、これを本件についてみるに、大山茂こと鄭享振が死亡し、その相続人は未成年者たる控訴人とその親権者である母(鄭享振の妻)大山マサ子こと金正守であるところ、遺産分割の協議により、控訴人が鄭享振の遺産全部を取得し、母金正守は何物も取得しないことと合意した、というのであるから、右遺産分割の協議は、親権者の不利益において子が利益を受けるだけで、何ら子の利益を害するものでないことが明らかである。したがつて、かような協議(合意)については、前記法条の趣旨からして、子のための特別代理人を選任し、これをして代理せしめる必要はないものというべく、してみると本件相続登記の申請書には、控訴人のための特別代理人の選任を証する書面を添付することは要しないものと解するのが相当である。

4  もつとも、わが登記法が登記官の審査権限に関しいわゆる形式審査主義を採用していることから、右のように結論づけることは、遺産分割の協議の内容に関する審査を登記官に求めることになり、その権限を超えるものであるとの見解も考えられないでもないが、右形式審査主義のもとにおいても登記官は提出された書面に記載された文言から該登記の申請が登記せらるべき権利変動を目的とするものであるかどうかについての審査を排除するものではないところ、本件の場合については控訴人が提出した、当事者間に争のない「遺産分割協議書」その他の添付書類を一読すれば、未成年者たる控訴人が遺産全部を取得し、他のただ一人の共同相続人である控訴人の母金正守は何物も取得しないことを知りうるのであり、従つて控訴人に何ら不利益を与えるものではないことが外形的に明らかであるから、登記官において、かような分割協議はいわゆる親子間の利益相反行為にあたらず、これについては特別代理人の選任を要しないとの判断を及ぼすことは、登記官の権限に関する形式審査主義に抵触するものではないと解する。

三  以上説明してきたとおりであるから、被控訴人が、控訴人の本件登記申請に対し、本件遺産分割の協議につき控訴人のために特別代理人が選任されたことを証する書面が添付されていないことを理由として却下した本件処分は、違法といわざるを得ない。

従つて、これが却下処分の取消を求める控訴人の本訴請求は認容すべきものであり、これを排斥した原判決は不当であるから取り消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武藤英一 秋吉稔弘 花尻尚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例